<   2006年 10月 ( 8 )   > この月の画像一覧

Secreto Iberico

Secreto Iberico(秘密のイベリコ)。今現在、この食材を知っている日本人はどれくらいいるんだろう。ネットやデパートなんかの高級食材コーナーで売られている『イベリコ豚』は値段がだいたい100g1000エンくらいからで「ドングリのみで飼育、高地でゆっくり時間をかけて肥育しました。だから味がまろやかで赤身と脂のハーモニーが絶妙!」なんて書かれてます。もちろんこれはこれで旨いんだけれども今回はさらに羽根が生えそうなお肉のお話。
『イベリコ豚』は大まかに「ベジョータ」、「レセボ」、「ピエンソ」という3階級に分けられています。
↓思いきりコピペですが、

◇ハモンイベリコのグレード
Bellota ベジョータ
初期飼育で生体重量を100kgぐらいまで飼育した後、10月から放牧。ドングリの実でさらに50%の増体がなされたイベリコ豚のモモ肉を原料にして製造。脂肪交雑がみられ、まさにとろけるような食感と評される。オレイン酸を多量に含み、その他のビタミン類も含む。最高級生ハム。
Recebo レセボ
初期飼育で生体重量を100kgぐらいまで飼育。放牧中どんぐりの実で50%の増体が出来なかったイベリコ豚に対して穀物等の飼料を与え、出荷重量まで飼育されたモモ肉を原料として製造されたもの。ベジョータに近い高品質のハムとされる。
Pienso ピエンソ
イベリコ豚ではあるが、特別な飼育はせず、白豚同様の飼料を与えて出荷重量まで飼育したモモ肉を原料として製造されたもの。

で、最高級のBellotaを更に飼育中に運動量を(半ば強制的らしい)増やしたのがSecreto Iberico(筋肉の中に脂肪が層になって行くので必然、霜降になります)。これははっきり言って、黒毛和牛も大鶴義丹も太刀打ちできない芳香を醸し出します。日本のスーパーで売ってる肉の端っこにもれなく付いてくる立方体の脂身、あのラードのSecreto Iberico版があったら豚だろうが生だろうが香しい嗜好品として珍重されるのではないか。肉はおそらく刺身で食べられる(知らずに手に取ったら牛肉にも見える)しかし生産量が極端に少なく、原産地アンダルシアでも週に一度程、きまったスーパーにちょこっと入ってくるだけで午後には売り切れ。しかもここ、マンサニージャ村は辺境なのでヘレスのスーパーには週一で入荷するのに、ここでは隔週でもお目にかかれません。
で、先日、偶然、バスターミナル裏のスーパーで発見。こら、衝動買いだね。
e0100152_18584510.jpg
初恋にも似た甘いやさしい香り。1キロあたり約15ユーロ也
e0100152_18592236.jpg
もちろんオリーブオイルは敷かずに焼き焼きします、鍋にはたっぷり透明な神がかった脂が残ります。とても柔らかくて大トロと同じ速度で口の中で溶けていきます。
e0100152_19325736.jpg
野菜も大きくて新鮮、欧州の中でも一際豊かな日照時間。ちなみにフランスの有名なワイナリーもスペインに葡萄を買い付けに来る。
e0100152_19384697.jpg
甘味文化が高くスーパーでも30種類くらいのプリンが売っています。ここ数日、気が早いのか(まだ10月)ちらほらとクリスマスの飾り付けが始まっていてチョコレートなどがスーパーの店内にあふれています。
e0100152_19485934.jpg

思いの外、中身がマズそうに写ってしまったチーズイチゴプリン、tarta de queso。濃厚でとても美味。パティシエの社会的地位は学校の先生よか高い。
by barrameda | 2006-10-27 20:22 | comida | Comments(2)

The Sheltering Sky

ポール・ボウルズが、シェルタリング・スカイを執筆した北アフリカの港街、タンジェを探訪。相変わらずの暗黒街っぷりに閉口。この街のどろどろ感は東南アジアの闇市場やボンベイの少女監獄園を凌駕する。今回は何故か東洋人の個人旅行者は皆無で、宿の外に出ればひったくりに会い、訝しげな人物に尾行されるのが常だったので、モロッコ人が同じ人間とは思えなくなって消耗した。でも夜更けのカスバの雰囲気なんかは特筆に値する程、心地良い危機感があった。この200年くらいは町並みが何も変わっていないんじゃないかな。現地人さえも怖がっていたけど。
e0100152_7135761.jpg
雨上がりのアンダルシアを出発。一路、スペイン最南端アルヘシラスへ。
e0100152_717976.jpg
連日続いた雨の晴れ間を見計らっての出発。妙な空模様のヘレス近郊。
e0100152_7191879.jpg
幸先良く、道中のバスでは「マヌエル・アグヘータ」と隣席。指を指している人がご本人。へレス駅前。
e0100152_7213777.jpg
アフリカ大陸が見えてきました、キリンさんや大きなゾウさんはいません。昔、モロッコ人の友人に「ジャッキー・チェン」の家はお前の家から近いか?と聞かれ、アジアっつったって色々あるんだよ。と言ったら、お前だってアフリカにはキリンがたくさん歩いてると思ったろ、と言われた事があった。
e0100152_726556.jpg

瀟酒なプール。今回宿泊したホテルは、世界に轟くマラケシュの『ラ・マムーニア』に次ぐモロッコの第2の超高級ホテル『EL・MINZAH』
e0100152_7402787.jpg
の斜向いに鎮座まします『Hotel・Giblartar』だった!小生の宿泊した部屋は角部屋でトリプル、巨大バルコン付きであったので1泊10ユーロもした。普通の部屋は6ユーロ。
本当に今は21世紀なのか?看板横の不必要だと思われる(→)は手書き。もちろんトイレは用足しの度に通りを渡って高級ホテル『EL・MINZAH』へ。紙も高級。
e0100152_7465328.jpg
『Hotel・Giblartar』もなかなかの雰囲気。
e0100152_748739.jpg
廊下もいい感じ。
e0100152_7554692.jpg

バスルームもいい感じ。チャッカマンを0,5ユーロで借りて着火するとチョロチョロと温水が出てくる。
e0100152_7571695.jpg
調度もなかなか、なかなか。
e0100152_832936.jpg
角部屋だけあって眺めも最高。
e0100152_883817.jpg

こんなコッテリした喫茶店もまだまだたくさんあってお茶の時間が楽しみ。現地ではとても重要な時間。
e0100152_18205343.jpg
1956年の独立までの33年間、国際管理下におかれていた当時はマフィア、武器商人、麻薬密売人、殺し屋などが跳梁していた。
e0100152_17434746.jpg

雨のタンジェ。
e0100152_17453590.jpg

40年代、タンジェにはボウルズの他にも、ジャン・ジュネ、ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、トルーマン・カポーティなどが集った。ボウルズは99年に他界するまでタンジェのアパートに暮らし続けた。また、当時の芸術家が多数集まった『カフェ・ハファ』は今も健在、崩れ落ちそうな西洋人が多数沈んでいる。
e0100152_18452040.jpg
丘の上にあるマック。マクドナルドからの眺望としては世界有数。
e0100152_18502290.jpg

そしてマックアラビア。けっこういける。
e0100152_18552318.jpg

老若男女、このジュラバという民族衣装を被っている。意外に機能的。
e0100152_1857238.jpg
ベルベル人。昔はアラビア人と区別されていたが今は総じてモロッコ人。彼等は頭の上に大きな荷物を乗せて上手に歩行が可能。全世界全ての人間にはアフリカの女から続く遺伝子が含まれている。そう、アダムとイブは『黒んぼ』だったのである。この事実をバチカンは認めない。
e0100152_191255.jpg
今月(Oct'06)はラマダン月なので昼間にコーヒーなぞ飲んでいる輩は旅行者のみ。
e0100152_1983977.jpg
メディナ。未だに様々な物品を売るスーパーマッケットという店が一切存在せず各々が桶屋、鶏肉屋、石鹸屋、靴屋、靴の修繕屋、金物屋であり各々がスペシャリスト。
e0100152_19125575.jpg
にゃんこ玉。ヨーロッパの猫とは一線を画す。アフリカ産の方が少しだけ優雅。
e0100152_19144074.jpg
天国に一番近い厠。
e0100152_19154119.jpg
やはり神々しい。
e0100152_19173669.jpg
天国に一番近い階まで昇ると少し下品だった。
e0100152_19315081.jpg
チャドルやジュラバの繊維を手で紡いでいるおじいさん。とても照れ屋で2度も撮影を断られた。「あなたの仕事が好きなんですよ、あなたの仕事は素晴らしいから撮らせてくれ」と懇願して許可をもらった。平静を装っているがおじいさん、とても照れている。
「籠にのる人、かつぐ人、そのまたワラジをつくる人」という諺があるが、やはり後者であり続けた彼にも円みを帯びた強靭さのような安定感があった。タンジェで出会った中でも最も印象深い人だった。
by barrameda | 2006-10-22 08:17 | viaje | Comments(2)

Agua alta

本日から北アフリカ探訪の予定でチャクチャクと仕度をしていたのですが、豪雨になり止むなく明朝に延期。ま、アフリカといってもスペインから2、3時間の北のはずれだけど。それよりなにより驚いたのは近隣の道の水はけの悪さ。何時間経っても床下浸水状態。豪雨といっても日本の大雨と比べたら夕立のようなものなんだけど、大人達はてんやわんや。子供達はお祭り騒ぎトランス状態。
e0100152_294752.jpg
今日はマンサニージャ村は祭日なので多くの見物人が見に来ています。
e0100152_212241.jpg
カメラを持ち出して撮影していたのは小生だけではなくたくさんの人達が写真を撮っていました。
e0100152_2144497.jpg
この少年達は大雨が降っている最中から外で叫んだり踊ったりパルマを叩いたりしていた。なにを隠そう、「水が凄いよ、カメラ持って写真撮りに来ないの?」と家までやって来た。
by barrameda | 2006-10-18 02:33 | diario | Comments(0)

Peña

今日は知り合いのカンタオール、『チピ・デ・サンルーカル』さんのペーニャに一緒に付いて行くことになりまして、彼らの車で近くの港町、プエルト・レアルに行って来ました。公共の輸送手段ではないので、なんともローカルな気分満点。ヘレスのペーニャのような毎週末に催されるものでもなければ有名な唄い手が出演するような所でもないけれど、ヒターノ達がファミリアを連れてノソノソとやってくる地元色の濃い小さなペーニャはさながら、粋な飲酒公民館。
e0100152_6421547.jpg
今宵の主役、チピさん。カンティーニャ系は匠の域。歌の合間のアニスはのどに良いんだそう。ただし、「唄う前はメシを喰ってはだめじゃよ」とか。
e0100152_6461347.jpg
唄い手はチピさんの生徒さん、まだ若い娘なのに上手。唄い手なので踊りのブレリアがうまかった。そ、そそられた。ギターはアントニオ・サンルーカルの竹馬の友、マヌエルさん。
e0100152_655587.jpg
フィン・デ・フィエスタを飾るブレリア少女群。緊張してる。
e0100152_6593092.jpg
この後、群舞を一曲。もちろん上手とは言えないけれど、力強いねぇ。やっぱ肉食なんだナ。
by barrameda | 2006-10-15 07:09 | diario | Comments(4)

Festivo

今日は祭日でお休みだったのに何も知らずにセントロまでノコノコと出歩いてしまった。軒並みシャッターが降りていたので、おかしいなぁと思ったらバルがやたらと賑わっていて、平日のそれではない。馬車が闊歩する通りのバルの中では親父共が楽しそうに騒いでいる。ああぁ、またバルに吸い込まれそう。 結局、目当ての座り心地の良い椅子は買えず、セルベサとマンサニージャに。近所にとてもくつろげるバルを発見。椅子をくれと言ったら断られた。

e0100152_21185975.jpg

写真を撮っていたら怪訝な顔をされた。このバイクの持ち主の方が怪訝だった。
e0100152_21241893.jpg

ここマンサニージャ村の村民は親切な人の割合がとてつもなく多く、バスステーション敷地内にある小さなバルでは迷い犬を二匹育てている。
e0100152_21291697.jpg

アンダルシアも少しずつ秋になってきた。南も良いが冬のマドリードの早朝の抜けるような青空も染み入ってくる。昔から本当に不思議でならないのがフランス、イタリアなど多少似たような背景、水準のヨーロッパ諸国よりもスペインが抜きん出て皆楽しそうにしていること。それは人間のみに留まらず上記の犬や猫にまで浸透していて愛玩動物を飼育したことのある人ならわかると思うが、広場の犬達の笑顔につられてこちらまで笑えてくる。
e0100152_2134838.jpg

マンサニージャ村の人達は親切なので、一昔前の旅行記ではないが未だにバルの料金を払わせてくれない所がある。カンフーの物真似もやってくるし、やらされる。
上の写真は発見した近所の居心地の良いバルのタパケース。タパ3つとセルベサグランデ3杯で赤坂「ノビエンブレ・オンセ」のセルベサペケーニャ2杯分の金額也。
by barrameda | 2006-10-13 22:10 | andalucia | Comments(0)

Los Niños de Barrio Rubiño

ヒターノがたくさん住んでいる地区に暮らし始めた。下町風情が漂っていてアナクロニズムがそこかしこに転がっていて微笑ましいが、落とし穴があった。見知らぬ子供達が連日遊びにくるようになってしまった。そしてピンポンダッシュされる側になった。生意気で仕方が無いが表情が皆、ゆたかだな。
e0100152_9342114.jpg
ごちゃ混ぜで行動しているが故に人との距離感が掴めないという人にはならなそう。
e0100152_938866.jpg

皆、幼い頃から自己主張が強い。とりわけこの国は他のヨーロッパの国々と比較してもその傾向が顕著だ。
e0100152_9402762.jpg

コンピュータの普及は日本と比べるとまだまだ。人の家に来て平気でいじっている。
e0100152_9442571.jpg

界隈随一の不良少年達。朗らかで屈折はしていない。が、粉も草もなんでも持っている。
by barrameda | 2006-10-10 09:52 | andalucia | Comments(4)

Vapor de Asia

今はこうして、のらくらと漁村で暮らしている訳だけれども、ここまでの道程はナカナカにハードなもので、それは一足とびで西側に来なかったからという事と、時折の西洋文化の冷たい仕打ちに他ならない。物理的に大地を移動した感触というのは、ふとした時に黄泉帰ってくるもので、移動するにつれ、日に日にパン食になったり、その逆だったりということを体で覚えているのは不思議な裏打があり、マドリードバラハス空港に降り立った時の表情なんかが自分のそれとポーンと十数時間で来た人達のそれが違うのを実感して一人悦に入ったりする。セビージャなどの町中で見かける日本人の多くはそのポーンの典型だけれども、そのポーンな人達が西語が堪能だったりすると、自分の放射する勘違いの悟った感に自ら閉口する。アホらしくて。
が、アジア、その他所謂、第三世界の良い意味での柔和さを体感した者にとってヨーロッパという土地特有の作為的な疎外感、閉塞感に突き当たった時などは真に支えになってくれる経験のように思う。というわけで、タイとカンボジアの写真。
e0100152_3442463.jpg

言わずと知れたかつてのバックパッカーの聖地、カオサンロード。この十年で恐ろしく変わってしまった感がある。
e0100152_3462555.jpg

悪名高いアランヤプラテートとポイペトの国境、プチ無法地帯。そこの浮浪児。
もちろん報道はされないが、日本人女性が持ち物全て強奪され全裸で道端に捨てられる事件が届け出があるだけで年に3、4件。この付近は個人行動は止めて乗り合いバスにしましょう。
e0100152_348232.jpg

そこの浮浪児の表情。所有という概念がないのは良い事だけれども難しい。
e0100152_350222.jpg
両親をエイズで亡くしたばかりの少女。現在、寺に引き取られている。
e0100152_3513678.jpg
前述の寺のポルポト虐殺記念館の髑髏。個人的な感想は歯が骨で出来ている事を実感した。この数週間前、できたてホヤホヤの死体十数体と一度に対面する機会があったが、そのような迫りくるものはない。
e0100152_3545754.jpg

肉屋さん。市場は洋の東西を問わず面白い。
e0100152_3562053.jpg
ヨーロッパの石で出来た家に暮らしているとアジアの家が如何に落ち着くかが理屈ぬきにわかる。これは西洋人にとっても同じらしく自国に戻らずにアジアで漂っている西洋人を多数見かける。
e0100152_3591956.jpg

小乗仏教の国では女人没交渉なのでホモの僧侶が密かに多い。HIV感染者も多数。皮肉、合掌。
e0100152_44205.jpg

水との距離がとても近く日本や欧米よりもはるかに清潔。排便時に紙を使わぬ地域を旅した事のある人はこの真意が汲めると思う。尻紙は不潔だ。
e0100152_461171.jpg

このような経験は昨今の日本ではなかなかに難しくなっているが、ずぶ濡れになって走り廻るというのはある種の開放感があると思う。きっと今やっても楽しい気がするのは自分だけか。
by barrameda | 2006-10-10 04:11 | asia | Comments(0)

Principio

大都会ヘレスでの生活をひと月とちょっとで切り上げて、マンサニージャの美味しい街に越して参りました。然し日々暮らすとなると不動産屋をまわったり、電話屋に行ったり、布団屋を探したりと生活上の雑用が顔を出してくるので心配事も尽きないのだけれども、まず、のんびりしたところで心地が良いです。カンティーニャは自然に生まれたんだねぇ。今日もマンサニージャを飲んでいます。
e0100152_214397.jpg

発色をいじったりはしていない普段どおりの日没です。最初は圧巻でした。
e0100152_21285847.jpg

途中に立ち寄った東南アジアの猫。猫はアジアと地中海ですな。
e0100152_21311481.jpg

Arcos de la Frontera。真っ白い街です。
e0100152_21323150.jpg

ヨーロッパのデザインというのはなにか神々しいです。
e0100152_21332097.jpg

この爺様は、ギタリストがこの街にはいるとか、いないとか親切に色々教えてくれた。
思うに内戦を大人になってから経験した世代のスペイン人というのは明らかに違うなと思います。
e0100152_21352599.jpg

このバイクが人気があって若い兄ちゃん達は爆音たててカジェを疾駆している。こちとら甚だ迷惑だが、こっちのデザインはやっぱり格好いい。
e0100152_2136959.jpg

太陽でなくて屋上のオジさんと鳥を450ミリで。
e0100152_21372912.jpg

セルバンテスは有名だけれども駅名の「ティルソ・デ・モリーナ」も作家の名前だったんです。「ドン・ファン・テノーリオ」書いた人です。
by barrameda | 2006-10-09 20:53 | diario | Comments(3)


頭の中は夢がいっぱい。


by barrameda

プロフィールを見る

カテゴリ

diario
andalucia
asia
fotitos
viaje
comida
camara
maternidad
育児
モノ・物欲

最新のコメント

NTさん こんにち..
by barrameda at 17:23
バスの床が木で出来てるん..
by NT at 17:08
cazorlaさん コ..
by barrameda at 18:51
NTさん こんにち..
by barrameda at 18:46
これって現在ですよね?知..
by cazorla at 07:12
こんにちは 子供が自転..
by NT at 13:17
cazorlaさん ..
by barrameda at 11:24
日本の色ですね。鈴木清順..
by cazorla at 19:44
こんにちは。 ご無沙汰..
by barrameda at 22:21
父が鹿児島なんですが匂い..
by cazorla at 15:32

以前の記事

2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 10月