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時の過ぎゆくまま

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nikon F3 sigma 14mmf3.5
fuji pro160c

ラオスの田舎の宿です。6時頃に絶妙な光が差し込む部屋でした。
この宿には長期で滞在している白人が多数いました。
皆さん「The 沈没」っていう感じの輩ばかりで見ていて飽きませんでした。





被災した子供達に玩具を渡す為、気仙沼に行って参りました。
報道されているような復興を目指すような雰囲気はあまりなく、惨憺たる光景でした。
特に海に面した区域は魚と人体が腐った臭いが混ざっていて、鼻が曲がりそうでした。
「希望」とか「日本は一つ」といったポジティブな要素はひとかけらもありません。
避難所は幹線道路に近いアクセスの良い所は、報道もされ物資が行き渡るのですが、そうでない辺鄙な場所では
食物の奪い合いが起きています。
我が子達の前で親達がおにぎりの奪い合いをしています。
日本人は冷静に順番を守り、配給を待つというのは衣食が足りている限られた人達です。
子供がいる方、自分の子の前で食べ物を奪い合わなくてはならない状態を想像してみてください。
私が同じ立場なら鬼の形相で同じようにおにぎりを奪い合いますし、あなたもそうするはずです。
四月の一日から各自治体でもボランティアの受け入れ体勢が本格的に整ってくるようです。

http://marremoto.exblog.jp/

by barrameda | 2011-03-30 15:54 | fotitos | Comments(2)

ゆるぎない

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原発のない国々に行って生活もしましたが、困らなかったですよ。
時々地域一帯が停電になって、病院などのような非常用電源のない一般の家屋などはローソクの暮らしになるだけです。
GDPがガタっと落ちて、廃炉になるコストを踏まえて考えてもローソクの暮らしになるだけです。
すぐに地熱発電とか風力発電への切り替えは無理だとしても、過剰なケアと大量消費のような国策はそろそろ考え方を見直す時期です。

先日、気仙沼入りした救命救急医の知人は、気仙沼は救急の処置が必要な怪我人よりも遺体の方が多く、震災の死者よりも多い自殺者の救命の為、東京に戻っていきました。
彼は第三次救急(緊急性の高い全身打撲など一刻を争う重篤な救急患者)なので目茶目茶になった患者に毎日接しているのですが、
今回の気仙沼ではiphoneに入れた曲と二人の娘の写真でなんとか正気を保ったそうです。

毎日やってくる大きな余震に心底ゲンナリ。
ゲソゲソ~っと消耗気味で追い詰められていますが、とりあえず山のように売れ残っている東北産のほうれん草とか葉物を買い占めてモシャモシャ食べてます。美味しいね010.gif
おひたしにして、冷たい日本酒でいただきました068.gif
あ、それと畑と井戸があったので安心感がありました034.gif
by barrameda | 2011-03-28 19:47 | diario | Comments(0)

備忘録として

内田樹さんのブログの記事を備忘録として転載しておこうと思います。
少し長いですが、今我々が求めるべき道筋のような気がしております。


兵站と局所合理性について

兵站についてツイッターに昨日少し思うことを書いた。
まず、それを再録しておく。

昨日言い忘れたことのひとつを思い出しました。logistics のこと。兵站学。本義は「輸送、宿営、糧食、武器、人馬の補給管理、傷病者の処置などに関する軍事科学の一分野」。日本陸軍は伝統的に兵站を軽視したことで知られています。
司馬遼太郎が書いていましたが、日露戦争のとき、兵士は数日分の食糧しか持たされず前線へ送られたそうです。「あとは現地で調達(強奪)せよ」ということです。伝統的に日本陸軍はそうだった。
今回の震災の危機管理を見て、「これは日本陸軍だ」と思いました。
「輜重輸卒が兵隊ならば 蝶々トンボも鳥のうち」という戯れ歌のうちに大日本帝国戦争指導部の兵站軽視は反映していますが、同じことが今も続いている。前線の「兵士」の活躍は大きく報じるけれど、それを支える兵站の仕事を高く評価する習慣はない。だから、みんな「兵士」になりたがる。
震災の危機対応の中で、logisticsは最優先の課題であるはずです。本来なら国家戦略局がその任に当たるべきなのでしょうが、それが機能しているように見えない。仙谷さんが官房副長官に入ったのは、たぶんその「誰もやらない」仕事を委託されてのことでしょう。
兵站を管理するためには「豪腕」が要ります。「豪腕」というのは、なにも現場に行って職員を怒鳴りつけることではありません。「無理が通る」ということです。「ルールの弾力的運用を求められる」ということです。
もちろん法的な裏づけが第一には必要なのですけれども、それ以上に必要なのはさまざまなセクションに横断的に「assets」を有しているということです。個人的な信頼関係です。「この人の頼みじゃ断れないよ」と思う人間を、枢要なポジションに網羅的に配備していること。それが「豪腕」の本質です。
兵站の仕事はですから危機対応ではない。危機の到来に先んじて、assets の形成に長い時間と手間暇をかけてきた人間だけがこの任に当たることができる。そういうタイプの政治家や行政官を重用することを怠ってきたことをもう少し重く受け止めるべきでしょう。

というのがその文章である。
投稿したあとに、それは日露戦争ではなく、太平洋戦争だろうという誤記についての指摘があった。
私も司馬遼太郎の原典に当たって調べたわけではなく、うろおぼえのまま書いたので、指摘の通りかも知れない。日露戦争の頃の日本の軍人は大山巌にせよ、児玉源太郎にせよ、合理的な思考ができる人たちだったはずである(そうでなければ、ロシアを相手の戦争に勝てたはずがない)。
どなたか「食糧数日分」の出典をご存じのかたがいたらご教示願いたい。
いずれにせよ、日本陸軍が伝統的に兵站を軽視していたという知見は司馬遼太郎からの請け売りである。
もうひとつ「戦力の逐次投入」というのも日本軍の宿痾だったはずという指摘があった。
まったくご指摘の通りである。
ノモンハンもガダルカナルもこれで歴史的な敗北を喫した。
福島原発の処理を見て「戦力の逐次投入」という「必敗のパターン」を踏んで官邸と東電が動いているのを見て、不安になった人は多いはずである。
「いまのところ問題はありません。事態は好転しています」という「大本営発表」的な楽観論を繰り返す原子力学者たち(そのほとんどが東大教授)の顔つきにも私たちは気鬱な既視感を覚えたはずである。
どうして日本は「こんな国」になってしまったのか。
それが司馬遼太郎につきまとった生涯の問いだった。
明治40年代まではそうではなかった。日本人はもっと合理的で、実証的で、クールだった。あるときから、非合理的で、原理主義的で、ファナティックになった。
たぶん、その両方の資質が日本人の国民性格には含まれていて、歴史的状況の変化に応じて、知性的にふるまう人と、狂躁的に浮き足立つ人の多寡の比率が反転するのだろう。
おおづかみに言うと、「貧しい環境」において、日本人は知性的で、合理的になる。「豊かな環境」において、感情的で、幼児的になる。
幕末から明治初年にかけて、日本は欧米列強による植民地化の瀬戸際まで追い詰められていた。そのとき日本人は例外的に賢明にふるまった。東アジアで唯一植民地化を回避し、近代化を成し遂げたという事実がそれを証している。
敗戦から東京オリンピックまでの日本人もかなり賢明にふるまった。マッカーサーから「四等国」という烙印を押され、二度と国際社会で敬意をもって遇されることはないだろうと呪われた日本人は、科学主義と民主主義という新しい国家理念を採用することで、わずかな期間に焦土を世界の経済大国にまで復興させた。
近代150年を振り返ると、「植民地化の瀬戸際」と「敗戦の焦土」という亡国的な危機において、日本人は例外的に、ほとんど奇蹟的と言ってよいほどに適切にふるまったことがわかる。
そして、二度とも、「喉元過ぎれば」で、懐具合がよくなると、みごとなほどあっという間にその賢さを失った。
「中庸」ということがどうも柄に合わない国民性のようである。
今度の震災と原発事故は、私たちが忘れていたこの列島の「本質的な危うさ」を露呈した。
だから、私はこれは近代史で三度目の、「日本人が賢くふるまうようになる機会」ではないかと思っている。
私たちは地球物理学的にも、地政学的にも、つねに一歩誤れば国を失うような危険のうちで生きている。
そのことを念頭に置いて社会システムを制度設計していれば、「こんなこと」は起こらなかった。
「こんなこと」が起きたのは、そのことをすっかり忘れていたからである。
だから、日本人はこれで「眼を覚ます」だろうと私は思っている。
私たちにとってもっともたいせつなものが何かを思い出すだろう。思い出さねばならない。
それは国土の保全と民生の安定である。
自余のことはそれに比べれば論じるに足りない。
総人口の10%が国土の0.6%に集住し、そこに政治権力も、財貨も、情報も、文化資本もすべてが集中し、それを維持するためのエネルギーも食糧も水もほとんど外部に依拠しているといういびつな一極集中構造が「火山列島」で国家を営んでゆくというプログラムにおいて、どれほどリスキーなものか、小学生にもわかる。
小学生にもわかる「リスクヘッジ」を誰も実行しようとしないのは、一極集中したほうが「効率的だ」と思っているからである。
もちろん「金儲け」にとっての効率である。
その判断は間違っていない。
けれどもそれはいわゆる「局所合理性」に基づけば、ということである。
短期的・局所的に考えれば合理的なふるまいが長期的・広域的に考えると不合理であるということはよくあることである。
集団の中で一部の人間だけがやる場合には利益を得るものがいるが、集団のほとんどがやりだすと誰も利益を得ないという営為は局所合理性の典型である。
泥棒という行為は、ほとんどの人が泥棒をしない社会では、しばしば多くの利益を泥棒にもたらす。だから、泥棒は局所的には合理的なふるまいである。しかし、ほとんどの人が泥棒をする社会では、全員が自分の財貨を護るためにある限りの時間とエネルギーを費やさねばならず、どうせ盗まれるものを生産する人もいなくなるので、遠からず全員が餓え死にすることになるから、全体的には不合理なふるまいだということになる。
原発はそれが「事故を起こさない」限りにおいては電力会社にも消費者にも地元民にも多くの利益をもたらすテクノロジーである。だから原発をどんどん建設することは局所的には合理的なふるまいである。
けれども、いったん事故が起きた場合には、被曝での死傷者が大量発生し、国土の一部が半永久的に居住不能になり、電力会社は倒産し、政府が巨額の賠償を税金をもってまかなう他なくなる。原発事故によって失われるものは、貨幣に換算しても(人の命は貨幣に換算できないが)、原発の好調な運転が数十年、あるいは数百年続いた場合にもたらされる利益を超える。
火力発電や水力発電や太陽光発電や風力発電と比べたとき、原発は局所的には(費用対効果という点でも、環境負荷という点でも)きわめて合理的な選択だが、全体的には合理性に乏しい選択である。
短期的・局所的な「金儲け」に限定すれば、原発は正解である。より長期的・広域的な「国土の保全と民生の安定」を基準に採れば、原発は正解ではない。
日本人は、そのような小学生にもわかる単純な理屈がわからなくなっていた。
日本人はようやくそのことに気づいただろうと思う。
だから、これからの中長期的な国土復興のプランはかなりわかりやすいものとなるはずである。
思いついたことをランダムに列挙する。
(1)すべての原発の即時停止と廃炉と代替エネルギー開発のための国家的プロジェクトの始動
(2)「できるだけエネルギーを使わないライフスタイル」への国民的シフト
(3)首都機能の全国への分散
(4)首都圏に集中している人口の全国への分散
とりあえず、これからだろう。
震災と原発事故の被災者に対する支援は、それぞれの地域、組織の「カウンターパート」が引き受ける。
私は大学支援については、西日本にいるそのカウンターパートが分担するのがよいということを提案したが、このシステムが「対口支援」と呼ばれていることを昨日のニュース解説で知った。
対口支援についての説明をグーグルで求めたところ、中国新聞に武吉次朗という方が書いている記事があった。
平明な説明なので、これを貼り付けておく。平たく言えば、被災しなかった自治体が被災した自治体を一対一で支援するシステムである。
http://www.toho-shoten.co.jp/business/gakushu/singoga/singoga_23.pdf
このロジックを拡大してゆけば、本学が試みているように、被災しなかった大学が、教育理念や教育方法において共通点の多い同規模の被災大学の教育活動を支援するというソリューションや、被災しなかった企業が被災した同規模の同業企業を経営的に支援し、従業員を受け入れ、資材の調達や販路の確保に協力するという手立てもありうるはずである。
要は「困ったときはお互いさま」というマインドでの支援である。
私はこのプログラムは政府主導の上意下達的・中枢的な支援策よりもずっと効率的できめ細かい支援を実現しうるだろうと思っている。
支援者の側が継続的・安定的に支援を続けられるためには、支援負荷が長期的にも十分に担えるレベルのものであること、それが自分たちの組織に「利潤」ではないかたちでのメリットをもたらすものであること(被災地学生の受け入れは、受け入れ側の学生にとって市民的成熟の好個の機会である)が必要であるが、「対口支援」はこの条件に合致する。
まなじりを決して、自己犠牲的に行う支援は、パセティックではあるが、永続的に行うことはむずかしい。
必要なのは全国民的な相互支援・相互扶助のマインドである。
長くなりすぎたので、このへんでおしまいにする。
ロジスティックスのためにどのようなシステムを構築すべきか、「ロジスティック・マインド」をどのように開発涵養すべきかという長期的な射程で語るべき論件がまだ残されているが、それはいずれの吟味する機会があるだろう。

by barrameda | 2011-03-24 11:09 | diario | Comments(0)

二歳になりました。

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二年前に低体重児で産まれた娘ですが、本日二歳になりました。
娘の言葉を借りると「ニチャイ」です。
いつの間にか幼児用ストローや、幼児用マグを卒業して大人と同じカップから飲んだり食ったりです。
早いものですね。
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昨夜のスーパームーン(この呼称なんとかならないのかな.....)です。
一際明るく感じました。
大きく見えた人と見えなかった人にわかれたようですが、これは相対する物があるかないかも影響しそうですよね。
こちらはポカンと空に浮かんでいたので大きさの変化は感じられませんでした。
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地震から何日間も電気が止まって、青森秋田岩手と全域で停電しました。
停電などはあまり苦にならない性格なので、夜は何度も意味も無く外に出て星を眺めました。
停電してから街の人々の話す声が大きくなって、表情が明るくなったのが個人的には星以上に印象的でした。

私の住んでいる地域は家屋の軽微な損傷といった程度で、被災地と呼ぶには至らない地域なのでできることから始めて見ようと思っています。
by barrameda | 2011-03-20 16:11 | diario | Comments(10)

皆様へ

はじめまして、barramedaの妻です。
この度の震災でご心配をおかけ致しました。
今朝、ようやく夫と連絡が取れ、無事を確認することができました。
(私と娘はたまたま実家に帰省中でした。)

夫もニャンタマ先生もクマ美さんも、元気です!
by barrameda | 2011-03-14 07:57 | Comments(8)

大地にひっついてる部屋

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山奥にある掘建て小屋式の宿でございます。
オーナーのお婆ちゃんはチェンマイの大学で英語を専攻したそうで、タイ人には珍しくアクセントの綺麗な英語をお話になります。
私は日本語以外殆ど理解できませんので、ウンウンとか頷いて調子を合わせたりしました。
久しぶりの宿泊客だったのか、お婆ちゃんはひとしきり身の上話をして「あらら、喋り過ぎちゃったわね」と言って戻って行かれました。
白髪の婆ちゃんだったのですが、翌日は何故か黒髪に綺麗に染め上げられていて、口紅まで塗ってました。
チェンマイで学生生活をおくると、やはりハイカラな人間になるのだなと感無量でした。

この宿、シャワーがプロパンガス式の給湯器だったんです。
タイは一般に小さな電気式が普通なのでこれには驚きました。
水圧の強いあったかシャワーが浴びられる!と期待したのですが、ガスが空っぽでした。
人里離れた辺鄙な場所で、街灯などはなく夜は星が美しかったのが印象的。
日本にも自分が知らないだけで、こういう場所がたくさんあるのかと思うとワクワクしてきます007.gif
文脈とまるで違う絵文字!高度なスーパーギャグ!
by barrameda | 2011-03-10 00:19 | fotitos | Comments(8)

レンガのベッドと三角クローゼット

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fuji superia premium400

チェンマイです。いい街ですよね〜 また行きたいなぁ。
by barrameda | 2011-03-08 21:36 | fotitos | Comments(6)

春がそこまで

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地味にパタパタとした週末でした。
娘のヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンの接種をしてきましたが、国内で4件も事故が起きてしまいました。
薬というのは1000%副作用がありますから、幼児へのワクチン接種は慎重に考えたいです。

そうそう、ハイブリットカーとか電気自動車、買った人いますか?
電磁波がすごいらしいですね、電子レンジの6倍で高圧線の下の2倍なんだそうです。
レンジも電線も離れることが出来るので一時的なもので済むのですが、室内に居続ける車では相当なレベルになるのだそう。
小児白血病患者の家庭の7割がハイブリッドカーに乗っているという統計もあるのだそうです。
これらの統計が100%かどうかはわかりませんけど、電磁波をカットする技術はずっと前に出来ているのですが、
あまりに高価で重さもある為に取り付けは見送っているという発表があったそうなので、他人事〜なんてウカウカはしていられなそうですよね。
私はなんとなくガソリン車がしっくりくるのですが(オイルの匂いが好きです。大昔は1964年製のV8の5リッターに乗ってました)
時代の流れ的にクルマの電気化というのはごく自然ですから、早くいいアイデアが出て来るといいですね。
タケコプターなんてシンプルでいいな〜と思いますけど、普通の神経してたら怖くて飛べないですよね。
やっぱ徒歩…
by barrameda | 2011-03-05 20:44 | diario | Comments(4)

史上最狭

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うらぶれた感じのとこで過ごしてシーーンとしてシャキっっとするのは好きなんですけど、ちょっとヒナヒナとヒナび過ぎていました。
泊まりませんでしたが、荷物が少なかったから泊まったかも。
隣室はヨギみたいな明らかにインド帰りのヨーロッパ人の爺さんでした。

そういえば、去年バンコクの飲み屋で知り合ったスペイン人の夫婦がインド帰りで、話をしてたら
サンルーカルで私が住んでたアパートのすぐ近く(200mくらい)の学校の歴史の先生をしてる人だった。
使ってたメルカドーナ(スペインのスーパー)が同じで「あそこのメルカドーナは最高だ、肉売り場が広い」という話で意気投合しました。
旦那の方と二人で焼酎を8合くらい飲んでベロンベロンになったっけな〜 楽しかった。
by barrameda | 2011-03-02 11:57 | asia | Comments(8)

寒い朝

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昔、言葉づかいがとても丁寧な女性がいて、彼女はタクアンを「おたくあん」って言ってました。
「蕎麦屋じゃないんだから、おたくあんはないんじゃないの?」って言ったら「そんなことない!」ってふくれてた。
僕の言い方がぞんざいだったのかも。悪いことした。ごめんよ、君。タクアンはオタクアンに統一だ。


by barrameda | 2011-03-01 13:24 | diario | Comments(2)


頭の中は夢がいっぱい。


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