Secreto Iberico

Secreto Iberico(秘密のイベリコ)。今現在、この食材を知っている日本人はどれくらいいるんだろう。ネットやデパートなんかの高級食材コーナーで売られている『イベリコ豚』は値段がだいたい100g1000エンくらいからで「ドングリのみで飼育、高地でゆっくり時間をかけて肥育しました。だから味がまろやかで赤身と脂のハーモニーが絶妙!」なんて書かれてます。もちろんこれはこれで旨いんだけれども今回はさらに羽根が生えそうなお肉のお話。
『イベリコ豚』は大まかに「ベジョータ」、「レセボ」、「ピエンソ」という3階級に分けられています。
↓思いきりコピペですが、

◇ハモンイベリコのグレード
Bellota ベジョータ
初期飼育で生体重量を100kgぐらいまで飼育した後、10月から放牧。ドングリの実でさらに50%の増体がなされたイベリコ豚のモモ肉を原料にして製造。脂肪交雑がみられ、まさにとろけるような食感と評される。オレイン酸を多量に含み、その他のビタミン類も含む。最高級生ハム。
Recebo レセボ
初期飼育で生体重量を100kgぐらいまで飼育。放牧中どんぐりの実で50%の増体が出来なかったイベリコ豚に対して穀物等の飼料を与え、出荷重量まで飼育されたモモ肉を原料として製造されたもの。ベジョータに近い高品質のハムとされる。
Pienso ピエンソ
イベリコ豚ではあるが、特別な飼育はせず、白豚同様の飼料を与えて出荷重量まで飼育したモモ肉を原料として製造されたもの。

で、最高級のBellotaを更に飼育中に運動量を(半ば強制的らしい)増やしたのがSecreto Iberico(筋肉の中に脂肪が層になって行くので必然、霜降になります)。これははっきり言って、黒毛和牛も大鶴義丹も太刀打ちできない芳香を醸し出します。日本のスーパーで売ってる肉の端っこにもれなく付いてくる立方体の脂身、あのラードのSecreto Iberico版があったら豚だろうが生だろうが香しい嗜好品として珍重されるのではないか。肉はおそらく刺身で食べられる(知らずに手に取ったら牛肉にも見える)しかし生産量が極端に少なく、原産地アンダルシアでも週に一度程、きまったスーパーにちょこっと入ってくるだけで午後には売り切れ。しかもここ、マンサニージャ村は辺境なのでヘレスのスーパーには週一で入荷するのに、ここでは隔週でもお目にかかれません。
で、先日、偶然、バスターミナル裏のスーパーで発見。こら、衝動買いだね。
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初恋にも似た甘いやさしい香り。1キロあたり約15ユーロ也
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もちろんオリーブオイルは敷かずに焼き焼きします、鍋にはたっぷり透明な神がかった脂が残ります。とても柔らかくて大トロと同じ速度で口の中で溶けていきます。
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野菜も大きくて新鮮、欧州の中でも一際豊かな日照時間。ちなみにフランスの有名なワイナリーもスペインに葡萄を買い付けに来る。
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甘味文化が高くスーパーでも30種類くらいのプリンが売っています。ここ数日、気が早いのか(まだ10月)ちらほらとクリスマスの飾り付けが始まっていてチョコレートなどがスーパーの店内にあふれています。
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思いの外、中身がマズそうに写ってしまったチーズイチゴプリン、tarta de queso。濃厚でとても美味。パティシエの社会的地位は学校の先生よか高い。
# by barrameda | 2006-10-27 20:22 | comida | Comments(2)

The Sheltering Sky

ポール・ボウルズが、シェルタリング・スカイを執筆した北アフリカの港街、タンジェを探訪。相変わらずの暗黒街っぷりに閉口。この街のどろどろ感は東南アジアの闇市場やボンベイの少女監獄園を凌駕する。今回は何故か東洋人の個人旅行者は皆無で、宿の外に出ればひったくりに会い、訝しげな人物に尾行されるのが常だったので、モロッコ人が同じ人間とは思えなくなって消耗した。でも夜更けのカスバの雰囲気なんかは特筆に値する程、心地良い危機感があった。この200年くらいは町並みが何も変わっていないんじゃないかな。現地人さえも怖がっていたけど。
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雨上がりのアンダルシアを出発。一路、スペイン最南端アルヘシラスへ。
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連日続いた雨の晴れ間を見計らっての出発。妙な空模様のヘレス近郊。
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幸先良く、道中のバスでは「マヌエル・アグヘータ」と隣席。指を指している人がご本人。へレス駅前。
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アフリカ大陸が見えてきました、キリンさんや大きなゾウさんはいません。昔、モロッコ人の友人に「ジャッキー・チェン」の家はお前の家から近いか?と聞かれ、アジアっつったって色々あるんだよ。と言ったら、お前だってアフリカにはキリンがたくさん歩いてると思ったろ、と言われた事があった。
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瀟酒なプール。今回宿泊したホテルは、世界に轟くマラケシュの『ラ・マムーニア』に次ぐモロッコの第2の超高級ホテル『EL・MINZAH』
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の斜向いに鎮座まします『Hotel・Giblartar』だった!小生の宿泊した部屋は角部屋でトリプル、巨大バルコン付きであったので1泊10ユーロもした。普通の部屋は6ユーロ。
本当に今は21世紀なのか?看板横の不必要だと思われる(→)は手書き。もちろんトイレは用足しの度に通りを渡って高級ホテル『EL・MINZAH』へ。紙も高級。
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『Hotel・Giblartar』もなかなかの雰囲気。
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廊下もいい感じ。
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バスルームもいい感じ。チャッカマンを0,5ユーロで借りて着火するとチョロチョロと温水が出てくる。
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調度もなかなか、なかなか。
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角部屋だけあって眺めも最高。
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こんなコッテリした喫茶店もまだまだたくさんあってお茶の時間が楽しみ。現地ではとても重要な時間。
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1956年の独立までの33年間、国際管理下におかれていた当時はマフィア、武器商人、麻薬密売人、殺し屋などが跳梁していた。
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雨のタンジェ。
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40年代、タンジェにはボウルズの他にも、ジャン・ジュネ、ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、トルーマン・カポーティなどが集った。ボウルズは99年に他界するまでタンジェのアパートに暮らし続けた。また、当時の芸術家が多数集まった『カフェ・ハファ』は今も健在、崩れ落ちそうな西洋人が多数沈んでいる。
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丘の上にあるマック。マクドナルドからの眺望としては世界有数。
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そしてマックアラビア。けっこういける。
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老若男女、このジュラバという民族衣装を被っている。意外に機能的。
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ベルベル人。昔はアラビア人と区別されていたが今は総じてモロッコ人。彼等は頭の上に大きな荷物を乗せて上手に歩行が可能。全世界全ての人間にはアフリカの女から続く遺伝子が含まれている。そう、アダムとイブは『黒んぼ』だったのである。この事実をバチカンは認めない。
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今月(Oct'06)はラマダン月なので昼間にコーヒーなぞ飲んでいる輩は旅行者のみ。
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メディナ。未だに様々な物品を売るスーパーマッケットという店が一切存在せず各々が桶屋、鶏肉屋、石鹸屋、靴屋、靴の修繕屋、金物屋であり各々がスペシャリスト。
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にゃんこ玉。ヨーロッパの猫とは一線を画す。アフリカ産の方が少しだけ優雅。
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天国に一番近い厠。
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やはり神々しい。
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天国に一番近い階まで昇ると少し下品だった。
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チャドルやジュラバの繊維を手で紡いでいるおじいさん。とても照れ屋で2度も撮影を断られた。「あなたの仕事が好きなんですよ、あなたの仕事は素晴らしいから撮らせてくれ」と懇願して許可をもらった。平静を装っているがおじいさん、とても照れている。
「籠にのる人、かつぐ人、そのまたワラジをつくる人」という諺があるが、やはり後者であり続けた彼にも円みを帯びた強靭さのような安定感があった。タンジェで出会った中でも最も印象深い人だった。
# by barrameda | 2006-10-22 08:17 | viaje | Comments(2)

Agua alta

本日から北アフリカ探訪の予定でチャクチャクと仕度をしていたのですが、豪雨になり止むなく明朝に延期。ま、アフリカといってもスペインから2、3時間の北のはずれだけど。それよりなにより驚いたのは近隣の道の水はけの悪さ。何時間経っても床下浸水状態。豪雨といっても日本の大雨と比べたら夕立のようなものなんだけど、大人達はてんやわんや。子供達はお祭り騒ぎトランス状態。
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今日はマンサニージャ村は祭日なので多くの見物人が見に来ています。
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カメラを持ち出して撮影していたのは小生だけではなくたくさんの人達が写真を撮っていました。
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この少年達は大雨が降っている最中から外で叫んだり踊ったりパルマを叩いたりしていた。なにを隠そう、「水が凄いよ、カメラ持って写真撮りに来ないの?」と家までやって来た。
# by barrameda | 2006-10-18 02:33 | diario | Comments(0)


頭の中は夢がいっぱい。


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