ニャンタマの場合


第一話

第二話

第三話



薄闇、と呼ぶにはすこしだけ日が高い夕刻である。

駅前に停車した白いクーペの後部座席でニャンタマは幹彦とともに咲子の到着を待ち焦がれていた。

ニャンタマはお母さん子なのである。

エサを与えるのはいつも決まって咲子の役割であったことと、

咲子は東北のはずれにある医大の獣医学部だったので、ネコとの接し方には一日の長があるのである。

咲子が一泊二日で家を空けたおかげでニャンタマは話し相手を失い、エサの量も半減した挙げ句、

なによりも精神的な拠り所がないという所在無さから感情的になり、野鳥を貪り喰ってみたいという妄想に駆られた。

「ハトが一羽〜フニャーゴロ、メジロが一羽〜フニャゴロ〜」ニャンタマの妄想は爆発寸前の暴徒と化した。

エヘラエヘラと妄想の鳥を貪りながら、弱肉の悲哀について想いを巡らせていると、

主人の咲子が大荷物を持って駅から歩いてくるところだった…






荷物を持った両の二の腕に少し肉がついていた。タルン、タルン。あの二の腕、喰いつきたい…

自分がネコではなく虎だったらそうするのだろうか…いや、飼い主を喰らうような真似はするまい。

或は自分がクマだったら…フガフガ。

咲子と再会したニャンタマは一年ぶりに母に会ったような気がして、

のどをゴロゴロ高鳴りさせながらカルカンのフタを開ける音とイワシの味が頭をよぎるのを感じた。

以前、カルカンを咲子から与えられた時に「お母さん、このイワシはスペイン産なんだね、ココに hecho en andalu って書いてあるよ、なつかしいなぁ」

とイワシを頬張りながら、独り言のようにつぶやいた事があった。

すると咲子は疼痛のような小さな呻きのような仄暗い面持ちになり黙った。

何か、遠い記憶でもあるのだろうか、ニャンタマはイワシを頬張りながら訝った。フガガ。

が、咲子は単にスペイン語を解さなかっただけで「あんたはスペインから来たんだったわねぇ…」とそれきり夕餉の支度に追われた。

「人間とは勝手気まぐれな生き物だ」ニャンタマは日頃の思いを再認識した。

*  *  *

駅前から咲子を乗せ15分も走らせると幹彦の実家である。辺りは既に夜の案配である。

荷物を持った二人は降車し家の中に入っていった。娘の由香里を待たせてあるのである。

ニャンタマはシソのふりかけと娘の名が同じだという事実を昔から不思議に思っている。

咲子が持つ片方の紙袋には『巌手屋 南部せんべい』と銘打ってある。

不思議なことに紙袋の中からは、納豆の匂いのようなカボチャの匂いのような、

ニャンタマの嗅覚をもってしても理解不能なモデルノなせんべい臭がしていた。

しかしそこには、遥かなみちのくの郷愁があった。

郷愁とは切ないものだな。ニャンタマは白く碧いアンダルシアを心の中でかみしめた。

車のドアを閉める刹那、咲子は優しくニャンタマに目配せをした。

なんということはない。

ニャンタマには慣れたコースであるし、しばらくすれば皆でファミリーレストラン『ポニーズ』に出向く為、皆ぞろぞろと出てくるのだ。

咲子との二日ぶりの再会も済ませ、安堵しながらネコの特権的快楽として後部座席でまどろんでやろうと思っていると、

先ほどまで咲子が座っていた助手席のシートの上にスペイン周遊ツアーの冊子がおもむろに鎮座していた。

「や、や、お母さんはスペインに行きたいなんて思っているんだろうか」

「また僕は、漂白剤とオリーブオイルとニンニクの混ざったスペインの香りをいっぱいに嗅ぐ事が出来るのだろうか!」

*  *  *

ニャンタマがいつもように前足を伸ばしてソファで横になっていると歯車の音色とでもいうべき電話が鳴った。

ピロリロリロ〜♪ピロリロリロ〜♪ あれが鳴るとヒトは一人で喋り始める…

主は奈美恵だった。

「もしもし、咲子? 先週の同窓会で会った奈美恵だけど」

突然の声に戸惑いながらも、どこかで咲子は暖かい気持ちになった。

奈美恵「私、このところ色々な事がありすぎて、ちょっと旅行にでも行こうと思ってるんだ。なるべく遠いところに」

咲子「急に旅行なんて、なにか辛い事でもあったの?そういう時は食べて忘れる方がいいんじゃないの?」

言ってしまってから咲子は奈美恵の変わり果てた体型を思い出して、失言したと思った。

奈美恵「それが、そういうわけにいかないくらい色々あったの」

咲子「そう、でもなるべく遠いところなんて何処に行くのよ?北海道とか?」

それを聞いたニャンタマは、さすがに四国で育った咲子の地図はドメスティックだなと思ってフニャフニャと笑った。

奈美恵「それが、私、スペインに行こうと思って…」

咲子「す、す、酢、スペインんぅ??」「あ、た、た、た、たんま」「どうしてまたスペインなのよ」

咲子は咲子の中で何かが向日葵の種のように弾けるのを久しぶりに自覚した。

奈美恵「あのね、突然咲子に電話したのはね、バルセロナのあの板さんから手紙が来たの」

咲子「え?え?あの、私が、夏に、会えずじまいだった、あのナマズさん?」

奈美恵「生津じゃないわよ、宇名木さん、ウ・ナ・ギ♥ そのぉ、なんだか強そうな名前でしょ?」

咲子「あ、あ、そ、そうね、ナマズじゃなかった。たたたた。ウナギさんね、宇名木さん」

奈美恵「彼、独立したんだって。で、その新しいレストランのパンフレットが届いたの」

奈美恵「バルセロナのランブラスっていう場所なんだって」

注)宇名木から届いたパンフ↓
ニャンタマの場合_e0100152_229565.jpg


奈美恵「私、パリに親戚がいるからちょっと気分転換に行って来ようと思って。咲子も一緒に行かない?」

咲子「………?私が、スペイン…」

そうつぶやいた時には咲子の心は夏の改札口の、その向こうを彷徨っていた。



ゆらゆらとした蜃気楼の改札口の少しばかりななめ上を薄緑色の羽化したばかりの蝉が跳ぶ。刹那美も跳ぶ。



蝉、蝉、セミだ!ワニャワニャワニャ〜 フガフガ

蝉を捕まえたところでうたた寝から目が覚めた。

目を覚ますと主人のbarramedaがアホ面で私に向かって写真機を構えていた。

こいつはたぶん、自分が私を飼育していると思っているだろうが、逆だ。


それにしても日本に行ったり、車に乗ったり妙な夢を見ていたにゃ〜。

そう、ニャンタマの場合は夢でした。






全てマイおばちゃんの日記さんの記事に猫を出演させたく、勝手に真似てbarramedaが書いたものです。

記述上の不手際、不愉快な思いなどされた方がいらっしゃいましたら、全てその責はbarramedaにあります。
by barrameda | 2008-03-15 02:30 | diario


頭の中は夢がいっぱい。


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